そして誰もいなくなった島 

2014年10月2日


私のうちは海の近くにある。自転車で10分ほど走ると、地元の人がつかっているちょっとした港というかヨットハーバーがあり、その目の前200メートルくらいのところに、ちいさな島が浮かんでいる。

端から端まで2キロくらいしかないこの島には、1930年代ごろまでたくさん人が住んでいた。
当時、フィンランド有数の木材加工会社があったとかで、主な住人はその社員だ。島にはその会社の社屋や社宅だけではなく、お菓子なんかも売っている2軒のお店、消防署、はては映画館まであったそうだ。

でも、1928年に火事があって、この島の心臓部だった工場が全焼してしまった。

商売を続けることができなくなった会社は、この島から引き揚げた。
その社員、つまり住民たちもみんな引き揚げてしまい、島には誰もいなくなった。

それ以降、この島は今日までずっと無人島だ。
いま、誰もいなくなった島には、昔の栄華をしのばせる建物たちの上に木々が生い茂っている。

島につながる橋はない。
冬になれば海が凍るから歩いて渡れるのだけれど、夏の間はボートでしか行けない。



ラッキーなことにダンナ実家の手漕ぎボートが島の目の前、港の脇のヤブに置いてある。それを借りればすぐ行けるのだけど、そうはいっても気の向いたときにぶらりと立ち寄るというのもできない。なんでかっていうと、私が出不精なわけではなく、ボートを留めてあるヤブと、島の蚊の数がハンパないからだ。

どのくらいハンパないかっていうと、たとえていうなら天空の城ラピュタを守る積乱雲レベル。ほぼ「龍の巣」。目を凝らしたら蚊の青いイナズマ見えると思う。


しかしこの日は飛行石の持ち主を島が迎えに来てくれた。
私の手元にあるのは花壇をほじくったときにでてきた駄石だし、青いビームも出てないし、ムスカの追っ手も迫ってきてないけれど、今日は蚊の渦がおとなしい。

というわけで、そそくさと我らが凧、もとい、手漕ぎボートで島に乗り込ませていただいた。




島の対岸にある農家の3男坊だったダンナの父は、小さいころこの島に牛乳を売りに来ていたそうで、その時の話をよくしてくれる。どこにどんな家があって、どんな人が住んでいて、町中のお店にはどんんなお菓子が並んでいたとか。






紅葉のはじまった森をかき分けていくと、廃屋の茶色い屋根が見えてきた。

実はこの島にくるのは2回目なのだけど、まだ緑のある季節にくるのは初めて。前に来たのは1月の雪とこおりの世界の季節だった。だから、2回目といっても見覚えのない景色ばかり。



木材加工会社の本社があった建物。
廃屋とはいえ、保存状態すこぶるよろしく今でもすぐ使えそう。今はオウル市がこの島全体を管理しているらしいので、この建物の保全対策も何かしらやっているのかもしれない。




こんなにキレイなんだから、ほんとは古くないんじゃないの?とか思ってしまうけれど、窓にはまっているガラスの表面がぜんぶでこぼことひずんでいて、昔の板ガラスそのまんまなんだろうなあと思い直す。




テラスには、火消用のバケツが、ポロリ。
この島に火事があったとき、このバケツも活躍したんだろうか。

なんか書いてある。


OSP。。。 

おあいそ、ソッコーで、プリーズ?





や、そんなはずないわな。木材会社の略称だわな。あんまり不謹慎なこと言ってると、あのかわいそうな粘土の庭園ロボットのバチがあたるわな。

「や、かわいそうなロボットじゃなく、幽霊のバチがあたるかもよ」

とパズー。もといダンナ。




聞けば、この島の廃屋には、白い服を着た女の人の霊がいまださまよっているというのが、地元のヒト達のもっぱらの噂らしい。

パズーよ、そういうことは早く言ってくれ。






なんでも、どれかの家の2階の窓から見下ろしている姿をはっきり見た人が何人もいるとか、歩いているのを見た人もいるとか、デジカメに心霊写真が写っていたとかいう話らしい。この島にまつわる逸話として、以前新聞に紹介されたことさえあるのだそうだ。

ちなみにその新聞記事は、この島の土地所有者であるオウル市がこの島を将来的に夏の別荘用地として貸し出すことを検討中らしいですよという、お知らせを兼ねた特集記事だったらしい。

「幽霊いますけどいかがですか?」ってことか?

斬新な切り口だな、オウルの新聞。。






すでに土に還った家もある。
基礎石のあいまから、木が大きく育っている。

すみにあった木に、なぜかクリスマスの飾り。

だれでも歩いてこの島に来られる冬の間、誰かがここにきて、飾っていったんだろう。






いくつかの建物はオウル市によって補修中のようだった(補修材木にオウル市と書いてあった)けれど、それにしても、保存状態のよい建物が多い。これは、ボートでなくては夏の間来られないというのが大きいに違いないと思う。

橋があって夏に誰もが自由に来られるような島だったら、時間とヒマとエネルギーを持て余した若者たちのたまり場と化して、建物の壁はスプレー落書きだらけ、窓ガラスは割られ、家の中は荒らされてたに違いない。




かくいううちのパズー、もというちのダンナも、つっぱり小僧だった10代のころ、冬になるとこの島にツレの不良少年グループみんなでバイクやスノーモービルで遊びにきたらしい。遊びにきたといってもバイク乗り回すくらいしかやることはなかったらしく、

「寒すぎて、すぐ帰った」
とのこと。

廃屋の中にはいってたき火とかしたらあったかいじゃん、なんでしなかったの?不良グループでしょ?不良ったら隠れてたき火とかするもんでしょ?と聞いてみたんだけど、

「そんなことしたら火事になるでしょうが。アホかあんたは」
と言われた。

オウルの純朴な不良少年グループは、火事に十分注意しながら活動していたようだ。



火事といえば、消防署。

島の中心エリアと思われるところからけっこう離れた、島の反対側にある。




このあたり、いまはうっそうとした森になっているけれど、このちかくに木材加工場なんかがあったのかもしれない。それにしても、火事で失われてしまった町で、一番キレイに今でも残ってるのが消防署ってのが、皮肉というか、せつない。


昔の大通りは、いまでは木々生い茂る散策路風になっている。
ここを、どんな人たちが歩いていたんだろうか。どんな話をしてたんだろうか。




うっそうと育った木々のむこうには、もしかしたら白い服の幽霊がお住まいになっているかもしれない社宅の茶色い壁がのぞく。

後日、ダンナ幼馴染の元不良少年たちに私が廃屋の写真を撮りまくった話をしたら、いっせいに「オバケ映ってた?」と聞かれた。くくく。。元不良少年ら、冬にいくら寒くてもどこかの廃屋の中に上がり込もうとしなかったのは、実は幽霊こわさもあってのことと見た。

ラピュタを守っていたのは木の根っこと積乱雲だったけれど、この島を守っていたのは幽霊と蚊柱だったということね。。




この島に住んでいる人はいないのだけれど、海辺には日帰り客用の船着場がある。
でも、そんなに頻繁には使われていない気配がする。


日が暮れてきた。
ちなみに、最近の日暮れは夜7時半くらい。
日の出も朝7時半くらいだし、すっかり秋の気配だ。


うちのパズーの漕ぐボートにのって、また本土に帰る。


さよなら 誰もいなくなった島!





ここに人が住んでいた時代を知るダンナ父(&親せき)からきいた話がおもしろく、私だけが知っているのはもったいないので、この島のことはまた改めていつかちゃんと書きたいと思います。


今日はもう目がドライアイの限界に達しそうなので、もう寝ます。

それでは、また!


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