クソババ通りでうかびあがった夫婦間温度差@ラーヘ(Raahe)旧市街

2014年8月29日



こないだオウルから車で1時間ほど海岸沿いを南に走ったところにあるラーヘ(Raahe)という町に行った。

フィンランドは海岸沿いに歴史の古い町が集中している。
むかし昔は道路がそんなに内陸まであったわけではなく、船で行けるところから人が入植し、そしてしだいに町ができ始めたからだ。

たとえばフィンランドで一番古い町トゥルク(Turku 1200年代設立)、2番目に古い町ポルヴォ―(Porvoo 1346年)、3番目に古い町ラウマ(Rauma 1442年)、どれも港町だ。

この3つの町をはじめ古い町の多くはフィンランドの海岸沿いの、特に南のほうに集中しているのだけれど、北のほうにだってそういう古い町がないわけではない。

たとえば、われらがオウル(Oulu 1605年)、北のほうというよりほぼ中部だけれどコッコラ(Kokkola 1620年)、北極圏はスウェーデン国境沿いの町トルニオ(Tornio 1621年)などなど。

で、前置きがすんごく長くなってしまったけれど、先日行ったラーヘもそういう比較的北のほうにある古い町のひとつだ。


町として制定されたのが、1649年。




1649年といえば、日本では徳川家光が

「酒とかお茶とかいうぜいたく品は飲んじゃダメ!」とか、
「麻と綿以外は着ちゃダメ!」とか、

あげくのはては、

「たとえ美しい女房であっても、夫のことをおろそかにし、茶を飲み、寺社への参詣や遊山を好む女房とは離別すること。しかし、子供が多くあり、以前から色々と世話をかけた女房であれば別である。また、容姿が醜くても、夫の所帯を大切にする女房には、親切にしてやるべきである。」

という、

あんた小姑か!?
じゃなきゃドケチ度MAXいじわる舅か?!

としか言いようのない文言を連ねた『慶安のお触書』というのを出した年でございます。。




1600年代からのオリジナルが残っている建物はそんなにないものの(火事があれば燃えてしまう、木造建築の町の悲しい運命)、それでもバンハ・ラーヘ(Vanha Raahe)と呼ばれる旧市街のまわりにはけっこうな古さの木造の建物がたくさんあるので、見ていて楽しい。

ちなみに旧市街のシンボル的な存在であるペッカトリ広場(Pekkatori)は今年の夏は改修中で、見られず。。。



しかたなしに工事をしていないエリアを徘徊したのだけれど、こういう旧市街ブラブラ歩きのとき、ダンナが相手だとぜんぜん盛り上がらない。
なぜなら彼が歴史的建造物の鑑賞をたのしみつつヒストリックなロマンに浸り、「へえー、これはXXでOOな△△なのねえー」とか辺りをながめつつしみじみするタイプの人間じゃないからだ。

でも別に、それはそれでいい。
じゃましてこない&文句言わない&だまってお供してくれるだけで、十分。。

そんなわけで子羊のように柔順なダンナはワタシの気が向くままにいつも引き回されているのだけれど、彼は最近このブラブラ歩きに自分なりの楽しみを発見したもよう。



それはズバリ
「自分の家を建てるときの参考データ集め」

あの壁の色はいい、とか、

この窓枠はいい、とか、

こんな柵もあったのか!

こんな生垣もいいな!とか。。

うちに住んでるフィンランド男子の夢、それはステキなマイホーム一戸建てでございます。。



それにしてもうちらの会話のすれちがいっぷりったら、けっこうヒドイもんで、
この家の基礎石↑を見つけたときなんか、

「昔は基礎石を切り出すとき、フィンランドでもピラミッドの石切り出す時みたく、杭みたいのいくつもうちこんで割ったんじゃない?なんか跡ついてるっぽい」

と私がスルドイ観察眼を持つイケてる才女風のコメントしてんのに、それに対してのダンナのリスポンスは、

「そのへんの丸い石ならべてセメント流し込んでもこんないい感じの石畳風になるんじゃん。これ、うちでもできるね」


ヒトの話を聞け、ダンナよ。。。
そっちの石の話じゃないよ。。











そんな感嘆の独り言をくちばしりまくっている私のとなりでダンナが何に目を留めていたかというと、この↑、番地番号のかざり。。。


「この番地プレートかわいくない?これも古いやつなのかな。意外とおんなじのバウハウス(←ホームセンターの名前)で売ってるかもよ?帰りしなにバウハウス寄ってく?」


や、寄らなくていいから!

てかアンタ、私がアンタの母国についてすんごい感嘆の声あげてんだから、ちょっとぐらい反応してよ!



夫婦って言ってもしょせんは他人が2人なんだから、2人いれば2通りの見方があって当然なんだものねえと思いつつも、私が盛り上がってんだからちょっとはノッてきて話盛り上げようよ、ダンナよ!と思わないこともない(というか、すごく思う)。


でもそれってアレ、何ですか、過剰デマンドってやつ?

私って求めすぎる女なワケ?

いや、そんなことないでしょ、会話を楽しめてこその夫婦でしょ?!

と、歩きながらもんもんと脳内カト会議を繰り広げていたんだけど、そんな私の目に突如とびこんできたのが、




Ämmänkatu

その名も、「クソババ通り」。。。。

Ämmäっちゅうのは英語でいうところのBitchっていうような意味で、辞書によると魔女とか醜い老女とかいうことらしいのだけど、この衝撃的ネーミングぶりを表現するには、くそばばあっていう和訳がもっともふさわしいような気がして、上記のような和訳に至りました。。ちなみにKatuというのは「~通り」という意味。



わわわわ。。。こんな日にこんなモノに遭遇してしまうとは、何かのご縁。。。
私の今日のビッチぶりに神様がツッコみをいれてくださったんだろうか。。


いや、そんな非科学的なことはどうでもいい。
問題は、だれがどんな事情でこんな通り名をつけたかってことだ。


しかも、これ教会に続く通りだよ。。。


「現在建設中の教会に面した新規道路の名称の件ですが、審査委員の推薦と多数決の結果により、『クソババ通り』とすることになりました。」

とかいって、大昔、市議会とかで大真面目な顔したみなさんによって議論されたりしたんだろうか。

誰だよ、言いだしっぺは。。

しかもそれが了承されちゃうんだから、すごいな。。

パンクロックだな、ラーヘ市民。。。




郵便物受け取るたびに封筒に「クソババ通り カト様」って書いてある暮らしってどんなもんなんだろうかとか考えながら、『クソババ通り』の坂を汗をかきかき上っていくと、ラーヘ大聖堂に到着した。

1912年に建立され、2010年に改修されたというだけあって、比較的新しいものの、重厚な雰囲気があって、いいかんじ。

せっかくなので中を見ていきたいわと思ってダンナにその旨述べると、

「はあー、そうですかー(諦)」

そう、ダンナは教会見物がキライなのだ。
いつも文句もあまり言わずに付き合ってくれるけれど、基本姿勢は「諦&耐」




ダンナによくよく聞いてみると、教会というのはそんなしみじみ鑑賞するような対象ではなく、信心深いヒトが行く宗教施設であるととらえているようだ。

ようするに『観光気分で行くべき場所じゃない』と思っているようだ。

まあ、ダンナのそのロジックも正しいっちゃ正しいんだけれど、




あの天井の模様、ちょっと少女趣味だけど、けっこうイケてるよね?

とか、天井からつりさがってるシャンデリアもちょっと変わってて船が釣り下がってて、ああいうのうちにもほしいかも!

とか色々述べても、ダンナは一秒でも早くここから退出する方法を思案中なので、レスポンス激薄。

そんなわけで私もオチオチじっくり何かを見ることもできない。
どこの教会に行ってもさっと入ってさっと出てくる、カラスの行水(ぎょうずい)式見学しかできないのだ。



たぶん、キリスト教にあんまり馴染みのない日本人である私にとって、ヨーロッパで教会を見に行くっていうのは、ヨーロッパでお城を見に行くっていうのと大して変わらないのかもしれない。

どちらも、小さい頃に読んだ童話の世界の延長のように思っているような気もする。

ドアをあけたらそこにキラキラした不思議とメルヘンの世界がひろがっているような。





フィンランドの古い町めぐりのはずが、ちまちまとした夫婦間温度差を再認識することとなったラーヘの1日であった。


まあ、といいつつも仲良しですけどね、ウチら!!


それでは、また!


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■ラーヘ(Raahe)情報

・観光情報サイト> Tourism Raahe (英語版)

 ちょっと地味なサイトですが、観光の目玉の紹介や、カフェ&レストラン&宿情報、公共交通機関情報などものっています。

・行き方> オウルから車で約1時間半ほど。
       最寄りの空港はオウル空港です。
       



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