女性の日って何?ウクライナ男子セルギーの悩み相談から考えた

2014年3月10日



金曜の朝、クラスメイトのセルギーが朝から浮かない顔をしていた。

ふだんから古代ローマ彫刻みたいな彫り深すぎな顔してるのに、今朝は眉間にしわまでよっちゃって、ローマ彫刻度が増している。


セルギーはウクライナ人だ。
セルギー一家は去年の秋にウクライナからフィンランドに移住してきた。

ウクライナはフィンランドからほぼ真南に2000キロ弱行ったところにある。
2000キロって言えば、だいたい北海道の札幌から沖縄の那覇くらいの距離だ。



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セルギーも彼の奥さんのマリナも、ウクライナ生まれのウクライナ育ち。
ちなみにふたりは結婚7年目で、3歳になる男の子がいる。
奥さんのマリナは、お肌の曲がり角と20代終焉におびえる29歳だ。

マリナは去年の春にオウル市内にある会社に仕事を得た。セルギーのウクライナでの稼ぎよりもアナのフィンランド国内転職先のほうが給料がよかったので、セルギーはエンジニアの仕事をやめ子供をつれてマリナにくっついてフィンランドへやってきたのだ。

学校では几帳面&勤勉なことで有名なセルギー、休み時間にもフィンランド語のマイ単語帳とかを一生懸命つくったりしている。

たまにおやじギャグの「はしり」としか思えないフィンランド語の語呂合わせギャグを口走ったりするんだけれど、彫刻顔にひかえめスマイルをちりばめて言うもんだから、クラスのみんなに無罪放免にしてもらっている。彫刻顔はおトクだ。


控えめながらも感じよくてきさくなセルギー。
しかし今日はみんなの会話の輪にも入ってこないし、うつむき気味なせいで目元に影まではいっちゃってる。いったいどうしたセルギーよ!

もしや、連日ニュースになっているウクライナ情勢がらみの話?
国に残してきた家族がひどい目にあっちゃったんだろうか?

どうしたどうした!今すぐ言ってくれ!




私の真向いにあった椅子に座りながら、セルギーは話しだした。
とりあえず食べて、となぜか皮をむいたミカンをいただく。

「ちょっと他の人には聞きにくくて。。。」

大きな声だと他の人には聞こえてしまうかもしれないから、ひそひそ話したいらしい。

実はセルギーはウクライナの民族運動レジスタンスだとかいうカミングアウト発言なんだろうか。
セルギーがフェイスブックに投稿しまくっているロシア批判だとか、ウクライナ市民の声みたいなのをまとめたビデオだとかが脳裏をよぎる。しかしワタクシこう見えて、というか、見たまんまそのまんまだけど、ごく普通の一般ピープルでしかない。
いま私がセルギーに加担できることと言ったら、宿題手伝ってあげることぐらいだ。。

ハラハラしながらセルギーの言葉を待っていると、


「土曜日、ウクライナでは『女性の日』ってことになってて、奥さんに何か服をプレゼントしたい。。でも、何にすればいいんだか、どこで買えばいいんだか、わかんない…」


と、セルギー。

火炎瓶どこで買えばいいかとか、国に残してきた弟がロシア軍に拘束中とかいう相談じゃなくて、とりあえずほっとした。

聞けば、女性服売り場がある店がどこかわからないという話ではなく、予算内で奥さんの好きそうな服が買える店がどこかわからないのと、フィンランドのサイズ表記がいまいちよくわからなくて、1人で選びきる自信がないとのこと。どっかで聞いたような悩みじゃないか。

ウクライナ人だろうが、日本人だろうが、フィンランド人だろうが、男子はみんなおんなじようなことで悩んでいるのね。。

で結局、説明するより一緒に店まで行ったほうが早そうだったので、お昼休みにセルギーと一緒に買い物に行くことにした。





道すがら、町の様子を写真にとったりしつつ、ウクライナにいる家族や親せき、友達はみんな無事かと、セルギーにさりげなく聞いてみた。

フィンランドでは、ソチオリンピックが始まるけっこう前、1月くらいから連日のようにウクライナ情勢についてテレビやラジオ、新聞などで報道されている。

血まみれ、もみくちゃになりながら何かを叫んでいる人々の姿や、戦車だとか、焼野原になった広場の様子だとか、ほんと物騒なイメージがテレビやらネットやらにあふれているので、セルギーの家族はどうなのか気になったからだ。




「家族も友達も、みんなキエフやらクリミア半島からだいぶ離れたところに住んでるから、全然大丈夫。きのうオカンと電話で話したけど、いつもと変わりなく元気にしてるし騒ぎに巻き込まれたりはしてないって」

とのこと。
セルギーによると、テレビなどで見る限りだと、ウクライナ全土が大変なことになっているように見えるが、首都であり今回の反政府デモの中心地になっているキエフ以外は、ほとんどの場所で普段通りの生活を送れているらしい。

それにしても、この件についてつくづく思うのは、

「なんだかよくわからない」




ウクライナがEU側につくか、ロシア側につくか、板挟みになっているということはわかる。
そんでもって、西部に住んでいるウクライナ語スピーカーの住人はEU側につきたいと思う人が多く、東部に住んでいるロシア語スピーカーの住人はもともとロシアからの移住組も多くロシア側につきたいと思っている人が多いということはわかった。

EU側につきたい人々が、ロシア側の息がかかった(と言われている)大統領をアレコレを許せなくて反政府デモに乗り出した、というのもわかる。そんでもって、そのへんの人たちの心底には旧ソ連時代に抑圧された反ロシア感情があるというのも、まんざらウソな話でもないだろう。




でも、ロシアがウクライナに派兵する理由になった「ウクライナ国内にいるロシア系住民が他のウクライナ人に迫害される危険がある」ってのは、ほんとなわけ?ウクライナ人はロシア系住民だけでなくユダヤ人も迫害してるとかってのもホントなの?

それになにより、反政府デモ隊とか言ってる人々、実は「民衆の蜂起」どころかEUとかアメリカから資金援助受けてる過激派な人々やら、ネオナチな政党の人々やらがかなり暗躍してるとかいうのはホントなの??

政府側も政府側だけど、反政府側も反政府側でヒドイって話はホントなわけ?
誰の言うことがホントなの?なんか、みんな色々違うこと言うのでわたくし混乱しております。。

という私にセルギーは、

「ほんと、誰が正しいのか、ボクもわからない。。自分に今言えるのは、ウクライナの普通の人たちとってには、どのニュースが正しいかとか誰の思惑でこうなってるかなんてどうでもよく、とにかくモメごとが早く終わって、安心して暮らしたいとしか思っていないかも」

と言っていた。




目当ての店についたので、2人でさっそくセルギーの奥さんの服を選んだ。

セルギーの希望は
「低予算なんだけど、なるべく安っぽくなくて、実際に奥さんが着そうなもの。キラキラしてるとなお良し。ヒラヒラは不可」。

なんでも、ウクライナの女性の日は彼女の誕生日並のビッグイベントらしい。
プレゼントも、バレンタインだとかクリスマスよりも財布はたいて奮発して買うものなんだという。

セルギーも本当はキラキラした石がついたネックレスだとか、巨大なバラの花束だとかをプレゼントしたいらしいのだが、いかんせんただいま失業中の身。それでもできる限りのことをしたいとのこと。


というわけで、セルギーの奥さんの普段のスナップ写真を見ながら私が候補を物色し、セルギーが候補を絞り込み、結局シャツやスカートなど何点かお買い上げした。


なるべくキラキラで、安っぽくなくて、ヒラヒラじゃないのを選んだが、奥さんは気に入ってくれるだろうか?月曜にどうだったかセルギーに話を聞くのが楽しみだ。




3月8日はウクライナだけでなく、フィンランドでも「女性の日」となっている。

ダンナや彼氏や男子社員が奥さんや彼女や女性同僚プレゼントをあげたり、女の人同士でプレゼントやカードやらを交換したりする人もいる。

うちのダンナも付き合い始めたころから毎年この日はなんかくれる。

日本ではあまり聞かない習慣なので、これはヨーロッパだけのものなのか、いったいどっからこの「女性の日」ってアイディアがやって来たのか、なんでウクライナではそんなにビッグイベントなのか、気になったので家に帰ってから調べてみた。

そしたら、これは「国際女性デーInternational Women's Day」といって、アメリカで起きたデモをきっかけに1910年に提唱された記念日らしいことが分かった。
もともとは女性の政治的な平等を唱えてはじまったものらしい。
1975年には女性の社会的差別撤廃や地位向上について考える日として、国連によって記念日として提唱され、それで「国際」というのが言葉の頭についているようだ。

しかしこの意図とは別に、ヨーロッパの国の一部では単に女性を敬う日として定着してきたようだ。

特にロシアだとかウクライナだとか、旧ソビエト連邦圏ではその傾向が強いらしい。
で、その理由だとか歴史背景を調べていたら、ガクゼンとする事実を発見した。

なんと、フィンランドがロシアから独立するきっかけともなったロシア革命、この革命が起きるきっかけとなったのが、この「女性の日」だったらしいのだ!




1917年、国際女性デーの日に、首都サンクトぺテルブルグで女性労働者を中心にしたデモが行われていた。

求めていたのは女性参政権の拡大とかより食糧配給システムの改善などがメインだったらしいが、ともかく女性の日ってのを理由にみんな集まっていた。
最初は女性労働者を中心としたデモだったけれど、だんだんと男性労働者、しまいには兵士のみなさんも巻き込んだ大規模な蜂起になった。そして勢いはとまらず、当時のロシア王政を崩壊させちゃったのだ。

これがロシア革命(2月革命)だ。

(え?女性の日って3月8日でしょ、じゃあこの日にデモやって革命はじめたなら「2月」革命じゃなく「3月」革命じゃないの?という点に気が付いたスルドイみなさんへ→これは当時のロシアで使っていた暦が今私たちがつかっている暦と違ったせいで生まれたギャップなのです。今私たちが使っているグレゴリオ暦では3月8日なんですが、当時のロシアの暦ではその日は2月23日だったのです)


そんなわけで、旧ソ連な国々では「女性の日」は「2月革命記念日」でもあり、国をあげてお祝いする習慣が生まれた。

だんだんと政治的・歴史的な意味合いはうすれいって、単に女性をうやまう日となっていったようだが、それでもこの日がビッグイベントであることに変わりはなく、今日に続いている模様である。


そういえば、なんでフィンランドでは「女性の日」といえばプレゼントどうこうという話題が先で女性の権利とかいう話は二の次の要素っぽいのに、なんで他の北欧の国、たとえばノルウェーやらスウェーデンなどではプレゼントの話より社会派イベントっぽい話題が先に出てくるのか気になっていた。(これは単に私がフィンランド以外の北欧諸国の3月8日事情を知らないだけかもしれないので、だれかご存じの方いらっしゃいましたら是非おしえてください。)

もしかしたら、フィンランドの「女性の日→プレゼント」という構図は、ロシア風なものなのかもしれない。私の周りのフィンランド人にこの仮説正しいと思うかどうか聞いてみても、みんな「わからん」というので、いつか専門家を捕まえてことの真相を聞いてみたい。




何かもらえる日としか思っていなかった、フィンランドの「女性の日」。

これがこんなにもロシア臭のするイベントだとは思ってもみなかった。
いまのフィンランドがあるのも、この日があるおかげ。。。と言えば大げさだけど、それなりにホントの話でもありそうだ。

来年からはもっとありがたくこの日を迎えたいと思う。

ちなみに今年のカト家の「女性の日」のおもてなしは、鉢植えのプレゼントとダンナの手作りパンケーキ朝食であった。



ウクライナのデモに参加していたメンズの皆さんも、奥さんや彼女のために、プレゼント買いに行ったり、朝ごはんにパンケーキ焼いたりしたんだろうか。

自分たちのひいばあちゃんたちも、97年前のおんなじ日にデモに参加したりして、おんなじようにロシア帰れとか言って広場に集まったりしてたかもしれないの、知ってただろうか。


クラスメイトのセルギーの「女性の日」プレゼントの買い物に付き合ったおかげで、いろいろな発見があった今年の「女性の日」だった。





(せっかくダンナがつくってくれたので写真をとりました。パンケーキ、フィンランド語でいうところのパンナリです




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