ニュー友達紹介 亡命中のイサクの話

2014年1月11日



私はけっこうなアフリカ好きだ。けっこうというか、とっても好きだ。といっても実際に行ったことは1回しかない。それなのにすきあらばそのときの思い出を反芻している。以前勤めていた知床でも、エゾシカの大群が必死の形相でドバーっと走っているのを見ては「ヌーも、もんのすごい必死の形相で走ってたたなあ」とか思ったりしたものだった。

ちなみに今年の春、フィンランドへ郵送した引っ越し荷物の中に「ヌーのしっぽのムチ」「バオバブの実」などを入れて、フィンランド税関をちょっとしたパニックに陥れたのは私です。その節はお騒がせしました。

そういう話じゃなかった。今日はアフリカ出身のクラスメイトの話をしようと思ったのだった。




既述のように私はアフリカびいきなのだけど、それが身のこなしににじみ出ているのだろうか。アフリカからやってきた人たちにやたら好かれる。イギリスの大学院にいたときもそうだったのだけど、今回のフィンランドの語学学校でもおなじような気配を感じる。学校がはじまってこの数日間、いろんな人にお見知りおきいただき仲良くしてもらっているのだが、半数くらいがアフリカ系の人だ。

その中にコートジボアール人のイサクがいる。

イサクは、ぱっと見はちょっと控えめなまるっこい黒人のおじさん。ウケるツボがすごく浅いのかツボがいっぱいあるのかどっちかわからないけれど気が付けばいつも「ヒッヒッヒ」としゃっくり笑いしている。一言一言丁寧に相手の目を見て言う、エディーマーフィーに爪のあかを煎じて飲ませてあげたいような好感度大のおじさんだ。

彼がフィンランドに来たのは2年半前。来た理由は亡命だ。



コートジボアールでイサクは政治家をしていたそうだ。しかし内戦と政治的混乱の中でドロドロごたごたに巻き込まれ、国にいると命があぶなくなり、奥さんと子供はガーナに、自分はフィンランドに亡命したのだそうだ。


ところでみなさん、コートジボアールって、どこにあるか知ってますか?
(私はなんとなくしか知らなかったのでグーグルMAP先生に聞いてみました↓)


大きな地図で見る


アフリカ好きです!とか言っておきながらほんとに恥ずかしい限りなのだけれど、今日の今日までコートジボアールの位置だけでなく、つい数年前の2011年までこの国では内戦が続いていたことを私は全く知らなかった。

コートジボアールは1960年にフランスから独立した後もクーデターや2度の内戦を経験、2010年の大統領選挙をきっかけに起きた通称第二次コートジボアール内戦では2重政府状態が続いたりして多くの国内・国外避難民が発生したそうだ。(興味があるかたはWiki記事などご覧ください→こちら

イサクがフィンランドに来たのは2011年の夏と言っていた。
ちょうどその第2次内戦のころだ。




イサクはフランス語を話す。コートジボアールの公用語だから。
英語はほとんどしゃべれない。

したがって、普段英語だのみの私がイサクとおしゃべりするときは、
①フィンランド語 70%
②フランス語 30%
を使っている。まずフィンランド語で話してみて、わからないところをフランス語で話す。

私はこうみえて大学4年間フランス語をやってたのだ。4年間やってたというとものすごいフランス語熱心だったみたいに聞こえるけど、単になかなか単位がとれなくてホントは2年で全単位とるはずが4年かかっちゃっただけだ。
大学1年生のときに魔が差してふつうの人よりもハードな「インテンシブコース」という語学の比重が多くて先生もスパルタなのを選んでしまい、結局ついていけなくなって落ちこぼれた。

見てほしい、この落ちこぼれっぷりを。。


(ちなみにこの通知ハガキをいまだに捨てずにとってあるのは、自分への戒めではなく、通知ハガキなのに妙に口語で書いてあっておもしろかったからだ)

ともかく、私がここで言いたいのは、大学では落ちこぼれたけれど、落ちこぼれなりにちゃんと勉強しておいてよかった!ということなのだ。

イサクはもう2年以上フィンランドにいるだけあって、それなりにフィンランド語ができる。

それでも、ちゃんと語学学校でフィンランド語を学ぶのはいまの学校がはじめてで、いましゃべっているのは全部教会で出会った人たちと話しているうちに耳で覚えたのだそうだ。
だから、簡単な日常会話レベルの内容であればある程度ボキャブラリーがあるけれど、なんで国を追われることになったのかとか、そういうちょっと込み入った具体的なことを話すにはちょっとフィンランド語のボキャブラリーが足りない。

で、私のほうはという、偶然にも当時教科書としてタハール・ベンジャルンという作家の本を使ってフランス語を勉強するリーディングの授業も受けていた。内容は移民問題や人種差別などについてだった。だからイサクの話にでてくるようなちょっと難しい移民関係のトピックを話すのに必要な単語をピンポイントで知っていたのだ。

というわけで、はたから見るとけっこう不思議かもしれないコートジボアールおじさんとジャパニーズ女子の「フィンランド語、ときどきフランス単語まじり」の会話が成り立っている。




イサクはいまひとり暮らしだ。ガーナにいる奥さんや子供とはもう長いこと会えていないし、電話でも話していないという。

今の時代、スカイプかければいいじゃん、とか思いがちだけれど、イサクの家にはパソコンがないし携帯電話もスマホではないし、ガーナの奥さんの家にもパソコンやインターネットがないので無理なのだそうだ。パソコンがないからEメールもできない。紙とペンで手紙を書くしかない。でも、その手紙もちゃんと届いたとしてもものすごく時間がかかる。
そのうえ、お金と時間があったとしても、会いにいけない。お互い亡命中だから。

イサクがフィンランドでひとりぽっちでさみしいと言っていた。

そう感じてしまうのは、言葉のせいもある。

フィンランド人は、特に若い人はかなりの割合でけっこう英語が話せる。だから外国人であっても英語ができれば日常生活ではそんなに困らないし、友達もそれなりにできる。けれど、フランス語を英語並にペラペラ話せるフィンランド人はめったにいない。

イサクの心のよりどころは教会だ。
神父さんや教会のスタッフ、信者のひとたちがイサクにフィンランド語を教えてくれたり、さみしいときは一生懸命話をきいてくれるらしい。




「いつか奥さんと子供もフィンランドに呼ぶつもりなの?」
と聞いたら、

「いつかそうしたいけれど、そんなことができるかどうかも、わからない」
とイサク。




そうだろうなあと思う。

そういう話を聞いてしまったら、「内戦になったときって、どんなだったの?家にミサイル飛んできたりしたの?」だの「コートジボアールの選挙ってどうやるの?うぐいす嬢とかって、やっぱいるの?」だの「亡命ってどうやるの?難民とどう違うの?」だの、自分の好奇心まるだしの、しかも彼のつらい記憶にぐりぐり土足で踏み込むような質問はしにくい。

もっと仲良くなって、
お互いもっとフィンランド語が自由に話せるようになったころに、また、いろいろ聞いてみたいと思う。

そう思った語学学校4日目だった。

それじゃ、また!


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