2017年10月18日

カト・オウル 新装開店たぶん12月1日



カト・オウルを近日中に新装開店オープンします、でもその前にプレオープンしますっていうおしらせです。

新装開店っていったって、ドメインかえるわけでも、デザイン大幅変更するとか、ページを開くと景気よくハトが飛んでくるようになるわけでもないんです。

   ア、なにげに行間幅かえた??
   タグ、ちょっと断捨離した(これって死語ですか)?
   イケメンが強調されてるんじゃない?

そういうレベルの、たぶん仙人もしくはシャーロック・ホームズ氏並の観察眼のみなさまにしかわからない、微妙かつちみちみとした、日曜版新聞のまちがいさがしのレベルの変更。。。

プレ・オープン期間は、コーヒー休憩はさみつつ壁ぬって床はりかえて、カト倉庫から古い記事もひっぱりだしてきてホコリはらって並べて。。。というのをやりたいとおもいます。
新装開店にこぎつけたしたあかつきには、こざっぱりとした新カト・オウル店内に、新しくかいた記事を書いてならべていこうかなとおもっています。

2016年5月7日

社内公用語は英語。そんなフィンランドの会社で『どね』って言われたらこういうことって話。



前にもちょっと書いたけど、うちの会社では英語が公用語ってことになっている。

もちろん、本社がオウルの会社なので、社員はフィンランド人が圧倒的に多い。
他の国にある支社もあわせても、おそらく9割フィンランド人。

それでも、社内公用語が英語ってルールなことにはかわりないので、ものすごい特殊な事情がないかぎり、すべての文書は基本的に英語でのこすことになっている。
全社向けじゃない『ワタシとアナタのやりとり』の延長上にあるメールやチャットのやりとりならフィンランド語のこともあるけれど、基本的に報告書だとか社内プレゼン資料とかだけじゃなく、社内イントラの雑談ブログも、ともかく口頭じゃない形で全社的に残るものはぜんぶ英語。

ただ、しゃべるほうはちょっとちがう。
フィンランド語のことが圧倒的に多い。

非フィンランド語人口の割合が大きい会議や、フィンランド語キャパシティー・ゼロな社員がその場にいるときは別だけれど、そうでなければ圧倒的にフィンランド語でものごとがすすんでいく。

私はフィンランド語オンリーでバリバリ仕事こなせるほどフィンランド語できないので、肝心な会議や研修のときはすきあらば英語でやってくださいとお願したりしている。

でも、お願いができない状況のときというか、お願いしてもナントかカントカ言ってスルーされてしまうときもある。あと、フィンランドに住んでるんだし当然フィンランド語できるんでしょといううむいわさない勢いでフィンランド語で押し切ってくる方などもいるので、そういうときはハラをくくってフィンランド語でなんとかするわけなんだけれど、

そういうときに、

『フィンランド語会話にもりこまれる外来語としての英語』

が、ときどきすんごいことになってて、アゴはずれそうになる。

2016年4月25日

そこのけそこのけ お馬ロードのお雪がとける 



雪がだいぶとけてなくなってきた。

逆に言うと、まだ雪があちこちのこっている。
冬の間にそんなに雪つもったわけでもないのに(せいぜい20センチくらい。ひかげの吹きだまりですらヒザくらいの深さ)。
アレだ、まだ寒いってことなんだろう。

2016年3月23日

目的地は対岸バー。凍った海の上をスキーにのって酒を飲みに行ったはなし

冬になると、オウルでは海ががっつりこおってしまう。

オウルにある海ってのはボスニア湾(まちがっても北極海とかじゃないです)。当然南部のヘルシンキとかまでつながっているのだけれど、南のほうではここまで凍らない。というか、一年中凍らないとこもあるのだそう。

けど、そちらから北に車で8時間くらいはしったとこにあるオウルは、ホントがっつり凍っちゃうのので、冬の間だけ海の上に公道が出現しちゃって、夏だとフェリーにのらなきゃいけないとこを、車で走っていけるようになったりする。


遠目にみると、ところどころ海があけてるようにみえてしょうがないのだけれど、これは温かい日にいちど解けてまたこおった痕跡。水たまりみたいだけど、ちゃんとこおっている。

(氷がとけて海面が見えてくることを、流氷がくるエリアの北海道民は『海があける』っていうんですが、これって方言的・地域限定の言い回しなのかしらん。だれかおしえてください)


2016年3月13日

「フィンランドに住んで、フィンランド語うまくなりましたか」に対する私のおへんじ






いまフィンランド人の彼氏もしくはダンナさんがいるので将来的にフィンランドに引っ越そうと思っているのだけれどというケースや、将来フィンランドに住んでみたいとか留学してみたいという方にで圧倒的によくご質問うけるのが、

「フィンランドに住んで、フィンランド語は上達しましたか?」

ってやつです。

2016年2月13日

思わず足もつる華麗なるフィンランド式残業デイズの顛末


「フィンランド人は残業しない!」

「夜中まで仕事するなんて、ありえない!」

「おそくても4時か5時には帰宅!!」

みたいなことが、そこらのインターネットにちらばっている北欧現代神話なんかによく書いてあったりするので、

「へえー やっぱがいこくは違うのねえー 北欧だしねー」

とかおもっっている方々は多いと思う。
てか、いま、さらっとヒトゴトみたいに書いたけど、私もけっこうさいきんまで、

「まったく残業が発生しないわけではないけれど、それはごくごく一部のヒトの話である」

と思っていた。

ごくごく一部のヒトってのは、アレだ。
ちょっとお話したいんですけどって話かけたら、「移動中に歩きながら話してくれる?」とかさらっと言われちゃうような超ご多忙・社内のあちこちでひっぱりだこななみなさんのこと。

社内にいるのかいないのかわかんないくらいのひっそりさ加減で生息している私みたいなしもじもの会社人間には、そんな華々しい話は無縁だな。

と、いうのが私の認識であった。

なのだけど、その華の残業生活はある日とつぜんに私のとこにやってきたのだった。しかもそのうえ1か月ちかくいすわったという。。

2016年1月9日

-30度の夜。しゃぼん玉がこおる瞬間。

きのうオウルは1日中-30度くらいでした(日が短くて太陽がたいして出ないので、昼間も夜も気温はたいしてかわらないのです。最高気温も最低気温もないのです。ずっと最低です)。

フィンランドに住んでると、よく日本のみなさんに

「冬ってどれくらい寒いの?」

って聞かれます。そのたびにいつも

「上のまつげと下のまつげがこおってひっつくくらいかな。。。」

とかモゴモゴお茶をにごしてるので、なんとかしてこう、

「これくらいだよ!!」

ってソッコー返答できる百聞は一見にしかず的なズバリ・アンサーを用意したいもんだとけっこう長いこと思っていたのでした。そんなわけで、今日の動画はその、ズバリ・アンサー動画です。


フィンランドの冬っちゅうのはどのくらい寒いのか?!
-30度とかいう日もあるらしいが、それはいったい具体的にどのくらい寒いのか?!

しゃぼん玉がみるみるバリバリ真っ白にこおっていくドキュメンタリー動画(2分だけど)をつくったのでごらんください↓





2016年1月7日

やっとおさらばクリスマス!

あけましておめでとうございます!

…とか言いつつ早々にお年始じゃないネタで申し訳ないのですが、今日のカト家はロッピアイネン(Loppiainen)まっただなかです。ロッピアイネンちゅうのは、キリスト教の祝日だそうで(日本語では公現祭と訳されるらしい)、お店も会社も、まち全体がお休み。

ふかーい宗教的アレコレはおいといて、ともかくこの日はクリスマスの飾りを片付ける日ってことになっている。

日本のみなさんには、

正月も終わったのにいまだにまだクリスマスのことひきずってんの?!
あんただけまだ2015年12月かっ!!

ってな感じに聞こえてしまうかもしれないけれど、こっちではこういうもんなのでおおめに見てもらえるとうれしいです。。


ともあれ今日は、カト家もクリスマスツリーやらなにやら全部かたづけて、モノ置きにしまった。




2015年12月25日

まさかのレシピちがい。クリスマス・イブイブに起きたニンジン4キロ事件



昨日クリスマスイブだからって調子にのってダンナ父と朝から飲んでたおかげで、今日はモーレツにふつか酔い&食べすぎ胸やけ度マックス。。

その点をふくめても、今年もにいつもどおり平和にクリスマス恒例行事のまっただなかのカト家です。


2015年11月26日

フィン人ダンナの衝撃・珍ジパングなモノゴト




こないだ友達に、

「あのサ、いつもブログの最後で『○○について書く気になるかもしれないのでクリックお願いします』っていうからクリックしてんのにサ、ぜんぜん書いてないじゃん!詐欺か!」

とご指摘いただいたので、詐欺じゃないことを証明するため、今日は前回ふるだけふっといた日本ビギナー・フィン人ダンナの話を書こうと思う。こないだ6月にダンナと日本に行ったときに判明した、ダンナ的ジパングの珍現象のいくつかについて。アレもコレも、広い心で見守っていただけるとうれしいです。




うちのダンナは基本的になんでも食べる。とくにキライな食べ物はないし、食べたことがない未知のモノを食べることへの抵抗感もあんまりない。

親日家で日本の食文化にふかーい理解と愛があるとかいうわけでもないのだけれど、外国人に評判があまりよくないと言われる食べ物の数々もぜんぜんオッケー。

前も書いたけど納豆とかウニなんかは大大大好物だし、梅干しも好きだし、昆布茶もいける(けどお茶じゃなくスープだと思ってるぽい)。

なのだけど、こないだとうとうヨメの出身国・謎の国ジパングにて恐怖食材に遭遇してしまった。 

2015年11月19日

これがウワサの平等社会か!?副社長がコーヒーひっくりかえしちゃった顛末にフィンランドの管理職の役割を考える



私は自分のことを、カルチャーショックに鈍感なヒトかもしれないと思っている。

あくまで、私のまわりのヒトらのリアクションと、自分の内心リアクションを比べてみての自己診断の話なんで、あんまり深く考えないで聞いてほしいのだけれど、ともかく、

「ええええええ!?ナニそれ!?そういうのってアリなんだっけ!?」

って思うことがあんまりない。


見慣れないモノやら、私がやらないことをしてるヒトをみても、たいてい

「へー。そうなんだ」

「ま、そういうのもあるかもね」

で、おわってしまう。

2015年11月11日

お向かいさんのかなしい父の日。フィンランドの離婚事情に思いをはせる



先週末はフィンランドでは父の日だった。

私らも、日曜日にダンナ実家にプレゼント持参で参上した。
ふだんから週に2回くらい裏口から参上してお茶のんだりゴハンたべたり冷蔵庫あさったりしてるので、プレゼントひらひらさせながら玄関から登場しても、

「わー、わざわざ来てくれたのー」

みたいな特別感あふれる展開にはならないないのがざんねんだ。しかしともあれ、お祝いちゅうことで、でっかいケーキのデザート付きゴハンをみんなでたべた。ダンナ父はケーキ3切れもたべてうれしそうにしていた。

で、週末開けのきのう、月曜日。
前日にどこの家でも父の日のケーキがでたんだろう。
仕事場の休憩時間、ケーキをタッパーにつめて持ってきたのをもぐもぐしているいるオトーサンがたがけっこう何人もいた。

「あ、もしかしてそれ、きのうの父の日のですかい?」

と私が聞くと、

「あ、そうなの。たべきれなくてさ、うふふ。。。きのうはさ、娘がなんたらかんたら(中略)、息子がなんたらかんたら。。。。(後略)」

と、どのようにしてお祝いしてもらったか、たいていみなさん報告してくださる。
小さい子のいる家も、そうでない家も、あれこれちやほやしてもらったらしい。
みなさんすんごいうれしそう。

よかったねーと思うと同時に、私は日曜日の夕方にうちの窓から見た光景をおもいだしていた。

2015年11月3日

くらやみに光るお墓といのり。10月31日のオウルの夜はしずかだった


先週の土曜日は祝日だった。
『諸聖人の日』っちゅう、キリスト教の祝日である。
この祝日は日にちが毎年微妙にずれる移動祝日ってやつで、ことしは10月31日だった。ちなみに去年は11月1日で、おととしは11月2日。

「ハロウィーンというのは、諸聖人の日(英語でいうと All Hallows Day ) の前の晩 (Hallow Eve)ということなのだ」

と何年か前にだれかが10月いっぱい毎日使えるウンチクをさずけてくれたのだけれど、だからといって世間がハロウィーン風コスプレでさわがしい10月31日の翌日が、フィンランドではかならずしも諸聖人の日じゃないのがまぎらわしい。
てか、よけい混乱するわ。。


日にちはまぎらわしいのだけど、この日にやるべきことはまぎらわしくない。
お墓参りをする。
お墓にろうそくをともしにいくのだ。

2015年10月26日

今年は霧中。ドラゴンボール的リンゴンベリーあつめ



以前にもちょっとふれたけれど、私のする話にはいまさらって話がおおい。なので、「あ、またですか」くらいに聞いてほしいのだけれど、先週か先々週のいつだったかにプオルッカ、英語でいうとこのリンゴンベリー、日本語でいうとこのコケモモをつみにいってきた。

去年、気がすむまで採ったらどうなるか実験をやった、例のベリーである。
ホントなら、もっと早い時期に行っとくべきだったのだけれど、まあ大丈夫、まだいける、とダラダラしているうちに、ほんとのデッドラインがやってきちゃったので、あわてていってきた。気持ちは冬眠前のかけこみ。

「プオルッカ(リンゴンべりー)は、何度か霜が降りたくらいのときにとったほうがジューシーでおいしい」

とダンナ両親がいつも言うのだけど、今年の場合すでに霜10回くらい降りてる。ジューシーが10倍どころか、冷凍庫からだしてテーブルの上でほっといたらへんな風にぐしゃっととけちゃった度が10倍になってるだけかもしれない。てか、もう地面にぜんぶ落ちちゃってるかもしれない。

いそがねば我が家は一年プオルッカソース(肉やらにかけて食べる)とかプオルッカジュースなしになってしまう、それは困る!!

てなわけで、その朝私はバタバタとバケツをかかえて森にはしった。

2015年10月18日

カオナシ系社員はじめました。フィンランドではじめて雇用契約書と対面。



これまで半年インターンしてきた会社で、社員として働かせてもらえることになりました。

とりあえず有期契約なのだけれど、すなおに一言、

うれしい。

うふふがとまらないわ。。

数か月前から同じチームのみなさん、特に私の直属ボスと大ボスが、大大大ボスほか各所の大ボスに私の正式雇用についてかけあってくださっていたのだけれど、なかなか正式なお達しがでず
詳しい話(給料やら肩書やら)がきまったのはつい数週間前のこと。

決まらなかったときのために念のため引き継ぎの準備なんかもしていたくらい、その筋の方々から音沙汰がなくて、直属ボスがあちこちクレームしにいってくれたくらいだったのだ。

でも、お達しがでたら、そのあとはアレアレアレってくらいのあっけなさで、

雇用契約書にサインをして、今週は社員としてはたらく最初の週になった。

2015年10月10日

裏庭でのたくるオーロラを、ビーサン&バスローブで


ここ数日毎日のようにオーロラがでているのだけれど、おとついはあんまりにもハデにでていたので、ちょっとびびった。

オウルはそこそこ緯度が高いので、ヘルシンキなんかの南部よりはオーロラをはっきりみれる日が多いのだとは思う。それでも家の中からぼんやり窓の外をながめてるついでにはっきり見えるってのはそんなにない。

おとついはサウナあがりにサウナタッキ、いわゆるバスローブっていうやつ?ともかくタオルでできたアレにくるまってビール片手にソファーでひっくりかえっていたら、あれ、なんか光ってるじゃないですか、と気づいた。

2015年10月5日

社内王子待ちコーヒー。決めゼリフは「牛乳わたしももらえますか」



私はフィンランドに来てからコーヒーがあんまり好きでなくなった。
イヤ、正確に言うとあんまり飲めなくなった。

日本にいたときなんか、1日少なくとも10杯くらい、半リッターのマグカップで朝から晩までがぶ飲みしてたのに、である。

こっちでは1日3杯くらいまでしか飲めない。

ふつうのホットなコーヒーだろうが、カフェラテだろうが、カプチーノだろうが、高級マメだろうが高級焙煎だろうが高級マシンだろうが、なにやっても1日トータル3杯がマックス。

ま、薬だと思えばそれ以上も飲めば飲めるんだけれど、飲んだ後、車酔いのような悪寒胸やけにおそわれるので、気が進まない。てかそもそも、3杯目後半以降は飲んでる最中から

「なんだこの苦渋汁は!?」

ということしか考えられない。4杯目なんか血まよってもらっちゃった際には、後半は薄目白目がちである。もうちょっとでたましいも鼻からもれでるいきおい。

しばらくの間、いいかげん三十路っこも中盤に入ったんでオトナになって味覚も変わったのかなくらいに思っていたんだけれど、日本に行ったときに驚愕した。日本だといっくらコーヒー飲んでも気持ち悪くならないのだ。

私はわるくなかった。
フィンランドのコーヒーがわるかったのだ!


「フィンランドのコーヒーがスキなんです」

と、フィンランド旅行のお土産にコーヒー豆をわざわざ買っていかれる日本の方々もいると言うのだけれど、だれかその境地への至り方についてなるべく具体的に教えてほしいわ。。。


ともあれ今日は、最近のコーヒー飲みすぎの原因、社内イケメン捜索の顛末について書きたいと思いますのでお付き合いいただけるとうれしいです。

2015年9月20日

コーヒーの朝とラライライライの午後。こんな風に働いてます

インターンとして今の会社で働き始めて、もう5か月。
途中1か月夏休みだったので、実質的には4か月しか働いてないっちゃあ働いてないんだけれど、まあいい。ともかく4月半ばからずーっと毎日、会社人間生活を送らせてもらっている。

これまで会社人間生活についてブログで書いてなかったのは、決して怠慢のせいだけではない。
社内の保守義務規定がすんごい細かいとこまでアレコレあって、私はびびってたのだ。

で、数か月かけてかの諸ガイドラインを熟読し、「しょーもない話ならだいじょうぶそう」という結論にいたったので、今日はその、しょーもない話をかこうと思う。とりあえず、一日の流れなんぞ。ちなみに、どれくらいしょーもないかっていうと、穏和な聖徳太子氏でもおもわずドつきたくなるしょーもなさ。しかも、オチさえない。話聞かせるだけ聞かせておいてコレか!?っていう。。

そんなですが、「平日こんなふうにカトは生息してるのね」「フィンランドの会社人間生活ってこんなのもあるのね」っていう情報に癒しを見出していただける方のために、いっしょうけんめいホントのことを書きますので、どうぞよろしくお願いします。




6:00 起床。

ネコ1はまだ爆睡してらっしゃる。外はまだまっくら。(ここ数日の日の出は、7時ちょっと前くらいです)




ちなみに、ダンナも一緒に起床というのはほぼない。空港勤めのダンナは朝番でもう出勤していないか、昼番で私が出勤してから起きてくるかのどちらかだから。てなわけで、この日もネコ諸氏とダンナをおこさないように、しずしずと寝室を退場。


2015年8月27日

極太タイヤのファットバイクでゆく、キラキラ系しろいコケの森



前回の記事でちょこっと、天気がいいのでマウンテンバイクに乗ってますということを書いたのだけれど、今日はその話。

私の乗ってるマウンテンバイクは、ファットバイクという、ふつうのマウンテンバイクよりタイヤの幅が2-3倍ある極太タイヤがついているやつである。パウダー用の幅広スキーをファットスキーと呼ぶノリで、幅広のタイヤが付いてる自転車は、ファットバイクというみたいだ。


どれくらいタイヤの太さがちがうのかの比較用に、私がふだんビールを買いにスーパーにちょろちょろ乗っていくママチャリと並べてみた↓






2015年8月25日

泡のでる飲み物願望のほとばしり。メーデードリンク『シマ』で酒を作る


ここ数週間、オウルは急に夏になった。

にわか雨がふることはあるけれど、基本ちゃんと太陽がサンサンとかがやいているし、気温も20度くらいある。暖かい日はなんと出血大サービス感満載の23度とかいう日もあった。基本、フィンランドではオフィシャルに25度が真夏日なので体感的には、遅くやって来た真夏。

ありがたくって仕方ない気分になるのは私のまわりのネイティブ・フィンランド人だけでない。

なんと、太陽光線ニヒル派だった私まで、けっこういそいそとしている。

晴れてると明るすぎて寝れないとかぶいぶい言っていたのに、こう何か月単位で太陽を見ないとさすがに君子も豹変するのだ。かつ、あと数か月でまたしばらく拝めなくなるという焦りが添加されると、君子もおもわずなるべく日なたに移動して、上着でぬいで日焼けでもしとこうかなと思ったりするわけなのだ。

次いつ晴れて暖かいかわからないので、仕事時間中であっても、昼休みやコーヒー休憩にはすかさず日のあたる外のベンチにいく。

太陽信仰者のヒトばかりの打ち合わせの場合、パソコン持参で外のベンチをなるべく日のあたるところに移動してやったりする。炎天下の直射日光なので、もうすこしでパソコンでタマゴとか焼けそうだが、そんなことは問題ではない。

休日はもちろんフル活動だ。
午前中は相手がいればテニスか乗馬、いなければウォーキングで日に当たる。二日酔いならハンモックで日にあたる。午後から夕方までは、マウンテンバイクか裸族男子出没スポットパトロールで日にあたりまくる。夜もまだ9時半くらいまで明るいので、夜は夜でバーのテラスで日にあたる。

こうなるとすごいのが、アレだ、ビールの消費量。

1ケース24缶入りとかを数日おきに買っているのに、あっというまに消えてなくなってしまう。

蒸発してる。

これは財布にも体にもわるいんじゃないか。

げんに、便乗してとなりで飲んでいるダンナのビール腹が成長しているような気がする。


「ビールは週に1ケースまでにしよう」

と、カト家健康管理係であるダンナが提言してきたので、とりあえずやってみることにしたのだけれど、

しゅわしゅわしゅわー 

のない生活のなんと味気ないことか!!! 


耐えかねた私はなんとかして家にあるものでシュワシュワを再現できないかと策をめぐらせた。
で、たどりついたのが、

フィンランドでメーデー(5月1日)のお祝いに飲む『シマ』という微炭酸飲料をつくる という案である。

2015年8月17日

屋根の上のあの子。白夜だろうがオバケはでるのだ




私はオバケを心底おそれている。

オバケってアレだ、幽霊とかヒトダマとかポルターガイストとか、そういう心霊系神羅万象全般である。オバケに目をつけられてしまいそうでコワいので、『そのテの話』をすることすらはばかられる。憑依系のものもイヤである。エクソシストとか。ゾンビも好きではない。くさってるならジタバタせず、だまっておとなしく土に還ってほしいと思う。

見たあとにふと振り返ると本物がそのへんからひょっこりでてきそうでこわいのと、フツーにオバケ描写がコワいので、ホラー映画すらまともに見られない。

でも好奇心はあるので、ほんとにイケてるとうわさの話題のホラー映画なんぞは、真夏の白夜の季節の晴れた日に、部屋のカーテン全開にして見る。見終わったあとに本当にオバケが出てきても、明るいと心の余裕がまだ保てそうな気がするからだ。しかし、2時間本編のうち実際目視できたのはおそらく50%くらいというのが常である。

映画ですらこんなにおそろしいんだから、本物はぜったいごかんべん願いたい。
できることなら死ぬまで一度もそのテのことにはかかわりあいたくないものだ、そう常々思っていた。

なのだけれど、とうとう先週わたしはその場にいあわせてしまった。

なにって、ちょっとしたオバケにである。

映画とかニセモノとかじゃなく、リアルなやつである。

お盆とか線香花火とか生ぬるい夜闇のひとっかけらもない、青い空の下でシラカバの葉が湿度のないカラッとした風にさわさわ揺れてるような日なのに、である。

というわけで、今日はその怪談風ご報告でございます。。。

2015年8月11日

ダンナの悪夢小話と、棚ぼたで乗ったフィンエアのエコノミー・コンフォート座席(Economy Comfort)の話



とつぜんなんだけれど、うちのダンナの悪夢には2パターンある。

悪夢って、アレだ、ひどい惨劇のメタファーとしての悪夢じゃなく、コトバそのまんま、夜にふとんで見て寝汗かいちゃったりする方の悪夢だ。

え!2パターンしかないの?!

っていう話はおいといて、ダンナが1か月に1回か2回見るその悪夢には2通りの展開があり、どちらの場合もこわれたねじ巻おもちゃ並の唐突さで跳ね起きたりしている。で、とばっちりで目をさましちゃった私とネコ衆らのつめたい白目がちの視線にさらされたりしているのだけれど、聞けば、その1つ目のパターンとは、

『奥様(ようするに、私のこと)が、フィンランドがイヤになったといって1人日本に帰ってしまう』

という設定の夢だそう。

ちなみに私が出て行ってしまうシチュエーションには何種類かバリエーションがあるらしく、多い順に並べると、

1位 ダンナが仕事中にいなくなり、そのまま連絡がとれない 
2位 ダンナが仕事中にいなくなり、連絡はとれるが帰ってこない 
3位 ケンカした翌日いつのまにかいなくなり、そのまま帰ってこない

これだけ聞くと、どんだけしょっちゅう『もういい!日本帰る!』宣言してるのかこのヨメは!?とか思われちゃうかもしれないので私の名誉のために言っておきたいのだけれど、

私はぜんぜんそんなこと言ってないです!!!
ケンカしたはずみだとかだったとしても、この捨てゼリフだけは言ってはならぬと今のところ舌まで出かかってもぐっとこらえてます。たぶん2回くらいしか(憶測)言ったことないです。

いずれにせよ、これ聞くたびダンナは相当けなげでかわいそうだなあと申し訳なくおもってます!

2015年8月2日

夏の家にまつわる家族のウソと、アルビじいちゃんの老い




先週末、アルビじいちゃんの夏の家にダンナと一緒に行ってきた。

3泊したのだけれど、そのうち1日が晴れて、空が青かった。

今年はオウルは、というかフィンランド全体が、6月くらいから雨気味でしとしと寒く、夏らしい晴れた日というのがなかったので、たいへんハレバレとよいきぶんだった。

途中からダンナ母エリナとダンナ父ヨルマも合流し、肉をやいたりビールのんでよっぱらったり、サウナにはいったり湖にはいったり魚をつったり笑ったりこけたり蚊にさされたり、たのしくすごした。

2015年7月30日

フィン人ダンナが知床の漁師衆にもまれた末に覚えた日本語とは



そこそこ長く務めた仕事をやめてフィンランドに引っ越すことにしたとき、まわりのヒトらにはアレコレいろんなことを聞かれた。引っ越したあとはかの地でなにをするのか(仕事をするのか、主婦をするのか、はては学校に行きなおすのか)、かの地の冬はどのくらい寒いもんなのか、オーロラはホントに見えるもんなのか、トナカイはほんとにそこらを徘徊してるのかとか、ナニを食べるのか、などなど。

そんな中、当時ご近所さんや近所に住んでいた友達によく聞かれた質問は、

「フィンランドには海はあるの?」

というのだった。


そのころ私が住んでいたのは、北海道は斜里町のウトロという人口500~600人のちいさい町だ。ちょうど10年前に世界遺産になった知床国立公園の玄関口にあたるところで、住んでいるのは観光や漁業をなりわいとするヒトが多かった。なので自然と、私の友達の多くも、本人が漁師さんだったり、漁師さんの奥さんや家族だったりした。


「フィンランドに海、ありますよ。こんど引っ越すオウルって町には海あります」

と私が答えると、みんなたいてい安心した顔で、

「じゃ、だいじょーぶだね。魚もたべれそうだし。。」

と、一様に言ったものだった。

2015年7月21日

フィン人ダンナ、ハイテクの国ジパングの『弾丸』列車 ザ・新幹線に乗る



うちのフィン人ダンナは、ことしで32歳。
三十路っこクラブ中堅に片足ふみこみかかったお年頃である。

うちによく出入りしている「宝くじが当たったらさ…」が口癖の通称宝くじ男のリクも同じく三十路っこクラブ中堅なのだけれど、彼ら2名の三十路フィン人男子、宝くじが当たったら真っ先に買いたいものは、

ショベルカー

なのだそうだ。
それで思う存分地面を掘り返しまくって日々暮らしてみたいらしい。

ダンナにいたっては、「宝くじにあたったあかつきには、思う存分朝から晩まで掘り返せるように今の仕事は辞める。代わりに、道路工事とかのショベルカーの仕事をボランティアでやってあげてもいい」とも言っていた。

2015年7月11日

地球上全員に夏休みが1か月ある世界って、どんなですかね?ナシですかね?



日本で働いていた時、1週間以上まとめて休むってのはなかなか大変なことだった。

当時私が勤めていたのは、北海道のかたすみにある自然保全団体だったので、ふつうの会社づとめのヒトの「フツー」とはびみょうにちがう勤め人生活だったとは思うのだけれど、それでも日本のワーキング・カルチャーにどっぷりつかってたことにはちがいない。

特に夏はほんとに休めなかった。

最後のほうの数年はそうでもなかったのだけれど、勤め始めて5年目くらいまでは毎夏いきつくヒマもなかった。2週間連続勤務とか、3週間で休み2日とか、そういうエクストリーム連勤プレイをちりばめつつの毎日残業生活がつづいて、10月くらいになってようやく我に返ったりしていた。

今思い出すと何でそんなにやることいっぱいあったのか不思議でしょうがない。忙しすぎて記憶に残すヒマさえなかったから思い出せなかったんだと思いたいんだけれど、いずれにせよ、夏の3連休とかは相当な贅沢であった。もちろん、一週間の休みなんて夢のまた夢。
6時くらいで家に帰れるっていうのですら壮絶スーパー贅沢の部類で、もう、ウキウキワクワクしすぎちゃって帰りがけに思わずビールを箱買いしちゃったものだった。

2015年7月2日

フィン人ダンナ、京都&広島で修学旅行キッズにもまれる



先日の日本行きは、主に北海道の実家に帰省して庭の草刈をしたり、東京に住んでいる弟夫婦のとこに半年ほどまえに生まれためいっこの顔を見るためだった。

私の父トシヒサはここ数年アレコレ病気がつづいている。
ガンやら心臓病やらヘルニアやらだ。ワタシがフィンランドに引っ越すことになったあたりから色々イモヅル式に発覚し、入退院をくりかえして現在に至っている。そんな状況なので、重い草刈機をしょってほぼ80%斜面にある庭の草刈をぶいぶいこなすということもできず、結果、草ぼうぼうの庭にかこまれ、家自体も廃屋のようだと母ノブコがなげいていたのが、だいぶ前から気になっていたのだった。

弟夫婦とは、去年の春に彼らの結婚式の時に会って以来だ。
私の弟は3つ年下で、ゴウと言う。フルネームで言うとカトウゴウなんだけれど、それについて母ノブコがいつだったか

「大岡越前やってたイケメン俳優の加藤剛とおそろいなんだからねっ!」

とフガフガ得意そうに言っていた。大岡越前をリアルタイムでも再放送でもDVDでも見てないのでいまいちそのありがたみを実感できないのだけれど、ともかくうちの弟はゴウと言う。

ゴウと私は2人姉弟なので、ゴウの第一子は私にとってのはじめてのめいっこになる。ダンナのめいっこやおいっこにいつもいじくりまわされてはいるのだけれど、血のつながったオバサンになるというのはそれなりにというかモロに人生初体験であり、やっぱ早いトコ対面しておきたいと思ったわけなのである。

てなわけで(前置き長くてすみません)、今回の日本行きはモロに家庭の用事をすませるためみたいなものだったのだけれど、そんなにしょっちゅう日本にダンナと2人で行けるわけでもない。せっかくだしダンナが行ってみたいと思ったとこへも観光に行ってダンナ・サービスもしとこうと思い、ダンナに北海道と東京以外で、一か所だけ行くとしたらどこに行ってみたいか聞いてみた。

そしたらダンナ、


「ひろしま。。。」

京都でも奈良でも沖縄でもなく広島ですかい、ダンナよ。。しぶいな。。。


聞けば、原爆ドームを見て、ホンまもののお好み焼きを食べてみたいのだそうだ。
さいですか。。。


「あと、新幹線にも乗ってみたいです」

と、ダンナ。

思わず、12歳だったダンナがドナルドダックの漫画がちらばる自分のへやの床に背中をまるめてすわりこみ、レゴでなにやら一生懸命クレーン車やらバスを作っていた姿を思い出す。。。

大きくなってもやっぱ中身はいっしょなのねえ。。
気分は親せきのオバサンである。

(なんじゃそりゃ?!と思われた方、私とダンナはダンナ12歳、私16歳のときからのつきあいなのでした。詳しくはこちらをご参照ください)

2015年6月26日

日本にたどり着ける気がしない!フィンエア直行便ドタキャン後のわれらが顛末



日本からのブログ更新もできないまま、帰ってきちゃいましたフィンランド。先週金曜日、夏至祭まっただなかの真夜中に。日本からの生レポート期待してくださっていた皆様、すみません。。

なんというか、今回は日本にたどりつくまでが一番たいへんだった。

乗るはずだったヘルシンキ発関西国際空港行きのフィンエアー直行便が出発当日の朝に欠航になってしまって、中国経由で日本をめざすことになったからだ。

まぁ、なんだかんだ言いつつも無事にちゃんとたどりつけたんだし、酒のんだときの話のネタになるからまあ私は別にいいんだけど、ダンナはけっこうこたえたようだった。

そのおそらく最大の原因は、ヘルシンキを出発したあとの乗り換えは北京で1回するだけでオッケー、北京で乗ったら寝てても大阪につくもんと信じていたのに、実際はそうじゃなかったって話から発生したもろもろの混沌的私らどうなっちゃうんだ的アンエクスペテッドなできごとの数々。。



まず、北京で乗り継ぎ飛行機に乗りこんで1時間弱、飛行機が下降しはじめた。

「あれ?北京から大阪ってけっこう近いんだね」

とか言っているうちに、どっからどう見ても大阪じゃない空港に着陸してしまった。

あわてて北京でるときにもらったボーディングチケット確認するも、そこにはどっからどう見ても『行き先は大阪』と書いてある。

2015年6月3日

白夜の救世主アイマスクが実は顔ブラだったお話




わたしは最近ハラをたてていた。

何にって、太陽にである。

太陽、さいきんちょっと白夜とかいって調子にのっていて、朝3時半にはご登場(日の出)、ご退場(日没)はなんと夜11時半。夏至までまだ一か月近くあるのに、じゅうぶんすでに白夜である。



ほんと、白夜とかいってイノセント感ちりばめたつもりになってるかもしれないけどさ、太陽さんよ!

一応日は沈んでるって言い分かもしれないけど、

日は沈んでもまだ明るいじゃん!

真っ暗とか、ほとんどならないじゃん!

しかも、日没薄明りのそのままいつのまにか朝日に突入してるし!!

よる寝るときは疲れてるからそれなりに寝入れるけど、

朝、まちがって目がさめちゃうと二度寝できないじゃん!


ねむいのに二度寝できない苦しみをアンタは知っているのか!?(知らないか惑星だから)

2015年5月25日

握りしめるのはビール。町内会お掃除イベント的クリーニング・デイの話。



きのうはこちらは年に2度のシーボウス・パイヴァ、英語でいうとクリーニング・デイだった。

この、クリーニング・デイってのがなんなのかってのは以前何回かかいたので今日はざっくり省略してしまいたいのだけど、念のため解説すると、

この日には、
①市内各地で断捨離とリサイクルをかけあわせたフリマがそこらじゅうに出現するので、物色しにいく。もしくは自分も出店したければそのへんで自由にやってよい。

②クリーニングデイの文字通り、町内会のゴミ拾いイベント的な近所のお掃除イベントの招集がかかることもある。


去年の秋のシーボウス・パイヴァは、オウル中心部のいちばんフリマがたてこむ激戦区に友達と一緒にフリマを出店して、えらい楽しかった。そのときの売れ残り段ボールひと箱がまだ値札つきで我が家の物置にスタンバっているので、そのうちまたお店だそうかなとは思っているのだけれど、きのうは行かなかった。

出店どころか、物色にすらいかなかった。


なぜって、

天気がモーレツに悪そうだったから。。

数日前から、強風&強雨のダブルパンチな予報が出ていた。

クリーニング・デイのフリマは、基本、やりたい人が好き勝手に好きなとこにいきなりゲリラ的に店開きするので、基本、雨ざらし。

この強風今強雨予報に気が付いているのはおそらく私だけではないはずで、わざわざ雨の中、傘ひんまげながら物色に出向いたって、よっぽどMな人々くらいしかお店だしてないんじゃないのかって、私は思ったわけなのだ。

風がふいたら遅刻して、雨がふったらお休みなのはハメハメハ大王だけじゃないのだ!

勤勉実直なフィンランド人だって、雨がふったらお休みしたいにちがいないのだ!